大判例

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東京高等裁判所 昭和57年(ラ)349号 決定

二八八号抗告人三四九号相手方 村山みすず

三四九号抗告人二八八号相手方 村山卓雄

主文

一  昭和五七年(ラ)第二八八号事件

原審判主文第五項を取消す。

事件本人村山洋子の監護者を村山みすずと定める。

同事件本人の居所を村山みすずの住所と定める。

村山卓雄は村山みすずに対し、同事件本人を引渡せ。

村山卓雄は村山みすずに対し、同事件本人の学用品、衣類等日常生活に必要な品物を引渡せ。

二  昭和五七年(ラ)第三四九号事件

村山卓雄の抗告を棄却する。

理由

一  抗告の趣旨及び理由

昭和五七年(ラ)第二八八号事件の村山みすずの抗告の趣旨は主文第一項同旨の決定を求めるにあり、その理由は別紙一抗告理由のとおりである。

同年(ラ)第三四九号事件の村山卓雄の抗告の趣旨及び理由は別紙二即時抗告申立書のとおりである(村山卓雄の抗告の趣旨は別紙二によると原審判全部の取消を求めているようにもみえるが、申立の全趣旨により原審判のうち事件本人村山道雄に関する部分に限つて取消を求めているものと解する。)。

二  当裁判所の判断

当裁判所は村山みすずの子の監護に関する処分申立は事件本人両名ともに理由があり、認容すべきものと判断するものである。

事件本人村山道雄につき右申立を認容すべき理由は、原審判の理由説示2の(1)の(イ)ないし(二)、同(2)、同(3)のとおりであるから、これを引用する(但し、原審判二枚目表一〇行目の「○○○○株式会所」を「○○○○○○○○株式会社等」と訂正し、同行の「更に」の次に「経営する会社名義で」を付加する。)。

一件記録及び調査官の調査の結果によると、前記事件本人村山道雄について認定した各事実、事件本人村山洋子は小学校三年生であり、物質的には恵まれた生活をしていること、同事件本人は環境に対する順応性も高く、両親別居後も自分なりに環境に適応しているとみられる部分もあること、村山卓雄は事件本人洋子に対しては事件本人道雄に対する程の強圧的な態度はみせず、従つて、事件本人洋子は事件本人道雄よりは安定した生活を営んでいるが、それでも事件本人洋子の内心には葛藤や村山卓雄に対する恐怖心があり、また、そのことを村山卓雄が理解していないことが認められる。そこで、事件本人洋子について、以上認定した各事実、事件本人両名が兄妹であつて両名同居が望ましいこと、村山卓雄の帰宅の日時が一定せず事件本人両名と接し団らんする機会が少いことや鈴川晴子との間に婚外子二児を儲けて鈴川晴子をいわゆる二号として囲つていること(この事実も一件記録により認められる。)など村山卓雄につき事件本人両名を監護する者としての適格を損う事情があることを考慮すると、事件本人洋子の監護者を村山卓雄から村山みすずに変更することが、同事件本人の福祉に叶うものということができる。従つて、事件本人洋子についても村山みすずの前記申立を認容すべきである。

よつて、昭和五七年(ラ)第二八八号事件については、原審判中事件本人洋子に関する部分は以上の判断と趣旨を異にするので相当でなく、村山みすずの抗告は理由があり、原審判主文第五項を取消したうえで村山みすずの子の監護に関する処分申立を認容することとし、同年(ラ)第三四九号事件については、原審判中事件本人道雄に関する部分は以上の判断と趣旨を同じくするので相当であり、村山卓雄の抗告は理由がなく、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 倉田卓次 裁判官 加茂紀久男 大島崇志)

抗告理由

一 子の監護の実情について

子の監護の実情は原審判書添付別紙記載の通りであるが、更に次の点を補促主張する。

(一) 抗告人は原審判へ移行(昭和五七年二月九日)後、短期間の中に事件本人らに於て極めて好しからざる変化が発生してきたため、審判の結果を待つことは相当でないと判断(昭和五七年二月二四日)子の監護に関する仮処分の申立を行つた(横浜家裁昭和五七年(家ロ)第二〇〇一号審判が先に出たので取下げた)。右申立書記載の申立の実情は別紙「申立の実情」記載の通りであるが、監護の実情の補促主張として右「申立の実情」を援用する。

(二) 原審判がなされた昭和五七年四月一六日以後の監護の実情につき、更に次の通り補促する。

原審判が出された時点で事件本人道雄は自分だけが抗告人の下で暮せるということになつたという審判の結果に複雑な表情を見せた。しかし道雄は事件本人洋子のことを心配し乍らも自分はどうしても抗告人の下へ早く来たいとの意向が強いため、抗告代理人○○が相手方代理人○○氏にとりあえず、事件本人道雄を引き取りたいと申し入れたが、相手方自身が相手方代理人の説得を受け容れない様子であつた。抗告人側は審判がいまだ確定しない段階であるので、事件本人道雄を強引に連れてくることは事件本人道雄の身の安全の確保の点から断行せず、早急な相手方代理人による相手方の説得を待つた。

ところが、そうこうする中、相手方は事件本人道雄の担任土井君子教諭が道雄の著しい変化に心配して、同人より実情を聴取し抗告人代理人○○に報告したことを恨み「子供からいろいろ聞き出す先生は悪い先生だ。だから担任をやめさせてもらう」といきまき、二日後、土井教諭に会いに学校に出向いた。

ところが、昼の時間で土井教諭か外出中で留守であつた為、副校長に面会を求め、弁護士のところへ連れていくからと事件本人道雄、洋子を授業時間が終了しないのに強引に連れて帰つてしまつた。土井教諭より抗告代理人○○にその旨連絡あり、相手方代理人に対し、相手方のこの無暴なる行為が二度と発生しない様申し入れをなした。相手方はこのことを代理人より注意されたであろうが、その後西原校長宛に如何にも紳士的態度を装つた手紙を出してこの無暴なる行為をカモフラージュしているのである。この様なことがあり、審判が確定するまで、事件本人道雄にも洋子にも暫く相手方の下に生活することを我慢させるしかないという考えでいたところ、五月一四日事件本人道雄は修学旅行の帰途自ら抗告人のところへ来てしまつた。抗告人よりの連絡で代理人○○は相手方代理人○○氏に連絡したが、結局相手方は代理人を伴い抗告人のところへ来て寝ている事件本人道雄を起し、又もや強引に連れ戻してしまつた。その晩、事件本人道雄に、抗告人が連れ戻したのではないかと相手方は疑つてしつこくきいた様子であるが、過去一度そうであつた様に事件本人道雄は自分の判断で出てきているのである。

二 原審判は以上の様な監護の実情に照すと事件本人洋子の監護者を抗告人と指定してほしいとの申立てを却下した点で相当でない。

(一) 事件本人洋子は事件本人道雄と違つて心の動きがありのまま表現されない性格的傾向をもつている。しかし、原審判はこの表現的な部分を把えて重要な問題点を看過している。それは別紙「申立の実情」記載のとおり小学校二年生の洋子がリーダー格になつて今月二月盗みを働いたという点である。担任の出井教諭は表面何事もないようだが、洋子に何か起りそうな予感があつたといつていたが、まさに予感が的中し盗みという形で表面化したのである。相手方の家庭は経済的に恵まれており、物が欲しくてやつた盗みでない。誰がみても明かにこれは愛情に飢えた極度の欲求不満から出たものである。小学校低学年に於るこの様な行為はその原因が直ちに除去されない限り成長と共に大きな非行に発展する可能性を含んでいる。

原審裁判所が事件本人の心の屈折を理解せず、事件本人洋子は精神面に於て安定した生活をしているとして相手方の監護下にそのままおくとの判断をした点で相当でない。ただ原審判移行後の子の監護の状態は、前記仮処分申立では主張し、それを裏付ける証拠も提出したが、審判手続では提出されていない。抗告人は仮処分手続で先づ判断が下ると考えていたのであるが、審判期日が一回も入らないままいきなり審判が下つた。従つてそこでは主張していないその後の子の監護の実情が判断の対象とされたか否かは疑問である。

(二) 事件本人らはたつた二人の兄弟であり、兄弟は出来るだけ一緒に生活をさせることが子の成長にとつて好ましいことである。現在はまだ相手方の抑圧下ながら一緒に生活している点で事件本人らが幾らかでもお互が支えになつていると思われる。本件の場合のように抗告人たる母親が監護者として実に好ましい人物である場合に於て事件本人洋子を何故相手方の下に留めたのか理解に苦しむ。

(三) 事件本人洋子は小学校低学年の女児である。この年令の女児にとつて母親というのは一般論からしても得がたい存在である。原審裁判所が何故この様な小さな女の子を子供の世話の得てでない、しかも子供の気持などに一切配慮のない父親の下に留めたのか理解に苦しむものであり、この点でも原審裁判所の判断は相当でない。

三 結論的にはやはり事件本人洋子も抗告人の監護下に置くのが相当である。相手方は事件本人道雄の担任教諭が、本年一月末に子供の窮状を救おうと人権擁護局へ相談にいつた後、暫くして相手方は別居している母親を自宅に呼び寄せた。しかし相手方の母親自身が抗告人が家を追い出された直後、子供はあなたが育てた方がよい、自分は年でもあるので面倒を見切れないといつており、足を悪くしていることもあり、又、自らが家事はあまりやらない母親にとつて事件本人らの面倒をみることが負担になつていることは明かである。この様な老人に事件本人らの教育をまかせることも好ましくない。相手方の母親が来ても事件本人道雄は一刻も早く抗告人の下へ来たいという欲求は益々つのつている様子で、今迄生活を共にしていなかつた祖母の存在は事件本人らにとつて精神的に救いになつていないことが明かである。抗告人は目下経理事務をやつて一一万円の月給があるだけであるが、横浜家裁に婚姻費用の分担の申立を行つている(横浜家裁昭和五六年(家イ)第一九〇一号事件)。昨年申立後、子の引取り先が決つてから事件を進行させたいという家裁の意向で調停期日は入れられていない。

相手方はいくつかの貸ビルを所有する不動産業者であり、右ビルはいつれも法人名義であるが相手方が実質一〇〇%の株をもつており、高所得者である。従つて、とりあえずは抗告人の父親方に同居し、婚費が支払われる様になればそれに応じた生活設計をたてる所存であるので、相手方の資力からしても抗告人が事件本人らを引きとつて育てることに問題はない。本件の様な場合は相手方に於て生活費を負担させ、事件本人らは抗告人の監護下に置くのが一番好ましい処置であると考える。

四 以上の事情を踏まえ、事件本人洋子の監護者として抗告人を指定して頂きたい。

原審判を取消し、本件を横浜家庭裁判所に差戻す

との裁判を求める。

抗告の理由

一 原審判は、その判断の根拠として、一件記録及び調査官の調査の結果により、事件本人村山道雄が精神面・情緒面において極めて不安定であり、かつ同児も被抗告人(審判申立人)の下で生活することを熱望していること、被抗告人には充分な暖かい人間性がみられること抗告人(審判相手方)は帰宅の日時が一定せず、事件本人と接し、団らんする機会が少いこと、および子の養育について精神面より物質面の充実に重点をおいている嫌いがあること等の事実を認定し、子の福祉を理由として上記表示の判断を示した。

二 しかし、前記事件本人の意思、被抗告人の人間性および抗告人の監護・養育の現状に対する事実の認定には重大な誤認があるばかりか、抗告人主張の事実をほとんど採用せず、抗告人が被抗告人に比して事件本人を監護・養育する適性に乏しいものと即断して、被抗告人の申立を認容しているのであつて、上記判断は失当であり原審判は取消しを免れない。

三 抗告人は、抗告人と被抗告人との双方の諸事情を比較考量すれば、抗告人が引き続き事件本人らの監護・養育を行なうことが、同児らの福祉上適当であると考えている。その詳細は、追つて書面により早急に陳述する。

四 よつて即時抗告を申立てる。

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